毎日元気モリモリお日記

サブカル女子だいすき!!

エッセイ「こんな時に言うべきことではないかもしれないけど、童貞卒業見込み取り消しになった奴らにR.I.P.」

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・「砂上の楼閣」

 

 それは結局、砂漠に照りつける日差しが見せた蜃気楼だったのだ。遠のいた。もう少しで手が届くと思っていたのに、遠のいた。この消化不良だった日々が終わると思っていた。この満足に見えてどこか鬱屈とした日々が。家で自堕落な日々を過ごしている間に1つ、2つ、また遠のいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

SEXが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大学でのウキウキキャンパスライフが立ち消えになり、早いもので1ヶ月が過ぎようとしている。やってみると案外オンラインで出来ることも多く、なんならこのクソみたいに味気ない生活が板についてきた頃合いである。ITってほんとすげーのな。あれも出来るこれも出来る。面倒な奴と対面しなくて済むし、もしかしてオンラインって最高なん!?!?これが所謂「オンライン寄生」ってやつ!?!?ガッハッハ……ハッ……ハ………

 

 

 

 

 

 

 

 

(妖精)

おい、目を覚ませ!このクソ童貞!!

確かにオンラインはすげぇよ!!

(そしてそのシステムを支えている理系は凄いし、そのシステムを利用するだけして結局飯食って糞垂れてるだけの俺たち文系って何なのか時たますげー不安にならない??)

オンライン飲み会やオンライン授業、オンライン対戦色々出来るかもしれない!

 

 

 

でもな!天地がひっくり返ったとしても、オンラインSEXだけは出来ないんだよッ!!!!!

 

 

なんだって!?!?!?!?

 

 

 

…華麗で滑らかな導入が終わってここからが本題である。

 まずもって童貞という生き物は、SEXをする為に大学に進学すると言っても過言ではない。SEXをする為に必死こいて勉強机に向かってきたと言っても過言ではない。このフェイク御法度の時代に敢えて断言しよう。仮にそれが過言だったとしても、「大学に進学すればSEXが出来る」と思ってる童貞が大半なのは間違いない。童貞なら誰しもが自身の心の中に童貞卒業見込みを抱いている。

 

 そんな童貞たちが夢にまで見たSEXが、コロナ禍の影響で今後ほとんどなくなるのではないかと僕は推測している。しかもそれは自粛要請が解除されれば解決する問題ではないような予感がしている。あまつさえ、早期に事態が収束したとしても、向こう2〜3年は童貞がSEXにありつくのは厳しいと睨んでいる。なぜなら、件のウイルスが収束しようがしまいが、この騒動の先に「他人との距離をこれでもかと言うほど取りまくる社会」の形成が待っているからだ。

 

 

そんな社会で誰が童貞とSEXするの…??

 

 そもそも童貞は不潔の象徴みたいなもんである。衛生観念が急速に高まっているこの世の中で、女性が新たなパートナーとの性的交渉を望むだろうか?また、社会的接触を避ける過程で自ずとSEXの回数は減る。それによってSEX1回当たりの希少価値は高まる。そうなると、その貴重な1回を誰がわざわざ童貞に費やすだろうか?不潔で、SEXが下手で性欲の強さだけが取り柄の童貞に費やすだろうか?

 

 まとめると、僕は衛生観念の高まりとSEXの希少価値が上昇することで「SEXの占有化」が起こるのではないかと危惧している。

 

つまり、SEXが現段階で童貞を卒業しているエリートヤリチン達のためだけの物になってしまう可能性が高いということである。

 

 

…こうなってくると、本当に残念だが、大学生活中に僕たちの童貞は消えないということは容易に想像できる。その不名誉な称号は守護霊のように背中にぴったりとくっついて、しばらく僕らから離れることはないらしい。

 

だから僕は、この場を借りて本来なら存在したはずだったSEXの葬式を開こうと思う。

 

『すべての童貞へ。

 

あともう少しでSEXにこぎつけられた童貞へ。

 

憧れの先輩と映画に行く予定だった童貞へ。

 

財布にコンドームを仕込ませていた童貞へ。

 

彼女のブラジャーに手をかけたその瞬間に、緊急事態宣言が発令した童貞へ。

 

ただ家の中で漠然とシコっていた童貞へ。

 

何もかも、おじゃんになってしまいましたね。

 

別に手続きした覚えもないのに勝手に童貞学園に入学させられて、卒業出来ないと嘲笑われる。本当に不条理ですよね。

 

そんな僕たちが、いや俺たちが、明日から前向きに生きていく為に。そのすべてのSEXの可能性は潰えたものとして、ここで清算します。

 

 

 

 

南無三!!!

 

童貞卒業見込み、取り消しッ!!』

 

 

 

 

 

 

…もしかしたら怒る人がいるかもしれない。ものすごく、怒る人がいるかもしれない。

 今最前線に立っている医療従事者の方々の苦しみ。コロナウイルスで家族を失った方々の悲しみ。職を失い途方に暮れる方々の絶望。それを思って「童貞卒業の機会を失った程度で」と怒る人が居るかもしれないし、居て当然だ。

 しかし、感情というのは相対的に存在するものではない。自己の爪先から全身を貫く、絶対的な存在だ。感情はどこまで行っても自分にしか理解できない。他人の感情を想像することはとても大切だけれど、それは結局想像の範疇を出ない。それなのに誰かの感情を勝手に代弁して、優劣をつけて、社会的な正しさをまた他の誰かの感情に問う。そんなのはあまりにも不毛過ぎるんじゃないかと。僕はそう思う。 

(勝手に全国の童貞はみんなSEXをしたがってると代弁したが、あれは事実なので問題はない。何事にも例外はある。僕はそう思う。)

 

 とにかく、ここに墓を建てよう。SEXの墓を。コロナウイルスのせいでなくなった、全国の童貞たちの初SEXの瞬間の墓を。はたから見ればその些細で何でもない、けれど当人たちにとってはとてつもなく大きくて残酷な悲しみの爪痕を。その墓に花を手向けてしまうようなどうしようもない人間が世界に1人は居たって良い。

 

 

 

 

 

 今この文章をつづる僕の心は今、少しも笑ってなんかいない。むしろ泣いている。苦し紛れに骨肉のユーモアをいくつか交えてはいるが、少しもウケを狙ってなんかいない。ただ身を貫く果てしない怒りと悲しみに身を任せてこの文章を書いている。この文章は純度でいえば120%、精子よりもずっと濃い「俺」そのものに違いない。脳みそを全く使わないでぶつけた言葉の羅列にも関わらず、その言葉はどんな頭を捻ったときの僕よりも「俺」なのであった。

 

 本当に自分にできることは何か。考えに考えた末の結論がこの散文である。現在時刻深夜4時23分。思いの丈を、ただひたすらにぶちまけること。こんな有事に自分の中に芽生えてしまった、全国の童貞への同情というマジでクソみたいな感情をぶちまけること。

 

 

つまり、このエッセイは誰かの代弁などではなく、紛れもなく「俺」の「大便」なのである。

 

 

 

 

 

 

 こんな糞を、ここまで読んでくれた物好きへ。ありがとう。ただひたすらに、ありがとうと伝えたい。俺は錯乱した状態でこの文章を書いたから、読むの大変だったろうに。それなのに、読んでくれて、ありがとう。

 

 それじゃあね。ブリブリブリッ

実家とは何か

 

突然だが、この写真を見てほしい。

 

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「くつろぎダイニング  実家」

 

この看板を初めて見たとき、僕は恐怖で震えが止まらなかった。なぜならその看板のある地区は僕の実家から遠く離れたところにあり、もちろん僕の実家などそこにはない。

 

くつろぎ界において右に出る者は居ないとされるキングオブくつろぎプレイスの「実家」の名を騙るとは、どれだけ厚顔無恥なのだ、と最初は思った。しかし、その余りに自信に溢れた「実家」のフォントに心がざわめき出す。

 

いや、もしかして俺が知らないだけで、俺以外の全ての人類はこのくつろぎダイニングを実家としているのか?全ての人類が帰結するコロニー、それがこの実家なのか??ひょっとして地球が未曾有の危機に陥ったとき逃げ込むためのノアの箱舟なのか????

 

不安になった僕はネットで実家の情報を検索してみることにした。もっとも機関によって一部の世界の存亡に関わる情報は隠蔽され

 

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あのさ。

 

こんな小洒落た店でくつろげる訳ないじゃんか。カクテルの美味しい実家って、グーグルマップのレビューで星4.3の実家って、何なの?

美少女変身願望紀行

 

  なんだか蒸し暑いような、ただ油断すると冷え込んでしまうような夜のことだったか。スーツ姿の男がいきなり枕元にやって来て「お前の願いを一つだけ叶えてやろう。」と囁いてきたのは。男は自分を神だと名乗ったが、「んなトンチキなインチキがあるか。」と寝惚けているクセに僕の頭はやたらと冴えていて懐疑的だった。見知らぬ男が枕元に立っているなんて、どうせいつもの妙にリアリティを帯びたタチの悪い夢だ。そもそもコイツが本当に神様だったとしても、願いを叶える人間に僕を選ぶ理由がない。ちょいと都合が良すぎる、だからその怪奇現象は夢だと容易に判断ができた。

 

  と、わかっていたはずなのに、おかしなことに僕はもう既に願いごとを口走っていた。今思い返すと、あれは反射と呼ぶには少し論理めいていたような気がしないでもない。

 

  男は「承知した。」とニヤリと笑うと靄みたいになって消えてしまった。途端に、こんな嘘みたいな状況でも何とか縋ろうとしている自分が情けなくなって、再び布団に深く潜った。

 

  翌朝、そんな胡散臭い夢の内容などはどこへやらで、僕はいつも通り目を覚ました。昨日のヘンテコな夢のせいで寝付きが悪くなったのか、その日はやけに体が重かった。母親の呼ぶ声にふらつく足取りで寝室のある2階から1階に降り、顔を洗うために洗面台の鏡の前に立った僕は愕然とした。

 

  そこには肩まで伸びた艶やかでしなやかな黒髪、パチリと開いた二重、通った鼻筋、そして引き締まったスタイル。

 

  そう、僕の姿は美少女に変わっていたのだ。

 

 その瞬間世界は逆行を始め、やがて再構築を始めた。僕の生きてきた十余年間は美少女の生きてきた歴史に差し替えられ、最後には僕の記憶すら書き換わった。

 

 

 

  最近ボーッとすることが多い。今だって洗面台の前でしばらく立ち尽くしていてた。どこか悪いのかと聞けば頭が悪いと両親は舌を出して私はその度にムッとする。長い髪を櫛で整える感覚にはなぜか慣れない感じがあって今日は手間取った。毎日しているはずなのにどうしてだろうか。

 

〜〜〜〜

 

  コンプレックスの塊である僕はそんな妄想をすることがある。というと若干嘘なニュアンスになるな。ほぼ毎日している。

 

(変身願望が神様によっていとも簡単に叶えられるあたりは、昔から努力を嫌う僕らしくて滑稽ではあるが)。

 

  何を今更という感じだが、美少女は本当に素晴らしい。髪を掻き分ける何気ない仕草も、電車に遅れそうになって駅の構内で少しだけ小走りになるのも、食べかけのチャーハンですら全部尊いってもう魔法じゃんかそんなの。

 

  そりゃ僕だって、君だって、誰だって美少女になりたいよな。男だってなりたくたって当たり前だ。

 

 

 

  ただ断っておきたいのは、美少女になって男どもにチヤホヤされたいとかそういう気持ちは毛頭ないということだ。寧ろ獣臭い男衆お呼びでない。

 

  美少女になった僕をそうだな、仮にN子としようか。これは本当に性差別とかではなくて、こんなことを言ったら各所から怒られるのは重々承知なのだが、それでも表明しなければならない。

 

  N子はレズである。

 

  多様な性意識に最大限の敬意を払わなくてはいけない時代に、こんなことを言っては絶対にダメだ。同じくらいに、N子はレズじゃなきゃダメなんだ。それくらいわかるだろ。これこそ僕の深層心理で世の真相真理なんだ。

 

  僕は、いや私は、隣の席になった小柄な小動物のような大人しい女の子に恋をするのだろう。そして二人はどんどんと仲良くなり、唯一無二の親友となる。

 

  ただ、その子には彼氏がいた。恋心を秘めながらもそれをそっと隠し続け、ときには彼女の恋の話にもやきもきしながら付き合った。

 

  何気ない平穏な日々を終わらせる事件は、修学旅行に起こる。

 

  親友同士の二人はもちろん同じ部屋に宿泊するだろう。しかしその最終夜、旅行先で日課であるオナニーを思うように出来ずサカッていた私はあろうことか親友に手を出してしまう。最悪である、N子はNTR子になってしまうのだ。

 

   ここから濃厚なレズセックス描写を挟む予定だったのだが、マジでガチのやつになってしまうからやめた。それに文字にしたら何か大切なものが崩れ落ちてしまう気がしたからやめた。

 

 

 

 やたら散文的な随想になったが、僕はとにかく美少女になりたい。そういえば今夜は夏色の絵の具と冬色の絵の具を無理やり混ぜたみたいな、なんだか蒸し暑いような、ただ油断すると冷え込んでしまうような、そんな夜だ。

 

いろんな星矢

 

フェイント星矢

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ペイント星矢

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ポイント星矢

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おい!大丈夫か!?しっかり星矢!

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キュウソのネコカミのボーカルはヤマサキ星矢

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レイザーラモンHGの「フォー」じゃない方のやつなんだっけな……あー、思い出した「セイ」や

 

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セイントスノウ

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終わり星矢

イマサラブライブ!

 

ラブライブ!にハマった。

 

いやー面白い。こりゃ売れるわ。え?もう売れてんの?

 

流行に敏感なサブカルボーイandガールたちは「大きなブームは過ぎ去ったというのに、何を今更……」と嘲るのだろうが、えぇい、うるさい!新シリーズの「ラブライブ!サンシャイン!!」は現在絶賛放送中(もう最終回手前だが)だし、今度新作のアプリも出るわい!つーかその理屈で言い出したら昭和生まれしかビートルズを聴けなくなるだろうが。お前らは今クールのアニメの批評をああでもないこうでもない、と偉そうにしておけ!あと泥水に溺れて死ね!バーカバーカ!!

 

エクスクラメーションマークをふんだんに使って愉快な感じで話が脱線してしまった。とにかくラブライブ!は一時期より話題に挙がることが少なくなってきてはいるものの、(ブレードを振り回すオタクたちの体温により)まだまだ十分に熱を帯びたコンテンツだと言える。

 

 

ここでラブライブ!を知らない人のためにザックリ説明しておくと、ラブライブ!とは学校の廃校を防ぐためにスクールアイドル活動をするという単純明快なストーリーを基盤に、雑誌の一企画から始まり多方面に展開されるようになったメディアミックスの総称である。雑誌や漫画などそれぞれの媒体でやや世界線が異なり設定の違いなども見られるため、ここではアニメに絞って説明をしていく。

 

物語は主人公の高坂穂乃果が自分の学校である音ノ木坂学院が、このまま入学希望者数の減少が続けば廃校になることを知るところから始まる。

 

「これはヤッベー」と思った穂乃果はたまたまスクールアイドル(読んで字の如く学校の名前を背負いアイドル活動をする高校生たち)存在を知り「入学希望者を集めるためにスクールアイドル活動をしようよ」というピーキーな提案をいきなり幼馴染の二人に持ちかける。お察しの通り、穂乃果は明らかにルフィや悟空と同じタイプの主人公で、パンをよく食う。

 

そうしてなんやかんやすったもんだしてる内に残りの6人のメンバーが集まり出来たのが「麦わらの一味」もとい後にスクールアイドル界の伝説となる「μ's(ミューズ)」というアイドルグループである。

 

 

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 ※ よく似ている

 

そのμ'sが学校の廃校を防ぐために活動していく過程で「スクールアイドルの甲子園」とも通称されるスクールアイドルの一大大会「ラブライブ!」と出会い、そこに向かって奮闘していく……というのがラブライブ!の大雑把な概要だ。

 

 

 なぜ僕が特にシリーズの節目などでもないこのタイミングでラブライブ!を見始めたのかと言えばhuluという月額いくらかを払えば動画が見放題というサービスの、2週間無料トライアルにトライアルしたからである。

 

その無数に転がる見放題の動画の中の一つがこのラブライブだったのだ。

 

hulu自体、随分前に始まったサービスなのになぜ特に何もないこのタイミングで始めたのか。そこに突っ込み出したらいよいよキリがない。とりあえず僕が世間よりワンモーションもツーモーションも遅れているのは確かだ。

 

 

そんなこんなで僕はラブライブ!と運命的な邂逅を果たす訳だが、もちろん当時の僕はアニメなどにはあまり関心のないカタギの人間だったので最初は興味なんて全くなかった。ラブライブについて知っていることと言えば「女の子がなんか頑張る」ということくらいで全くの無知であった。

 

ただそのときの僕は「話題になってるけど見たことのないものを消化するモード」に入っていたので、半分は冷やかしのような気持ちで第1話の再生を始めた。

 

「え?何でこいつら急に踊ってんの?こえーよ」

 

「おいおい、そんな車スレスレのところで歌うなよ」

 

「しっかしライブシーンのCG粗いな」

 

「ハハハ、こりゃひでーや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして気付いたら僕は2期の最終回まで一気に見ていた。

 

あまりにも一瞬の出来事だったので何が起こったのか、僕には把握できなかった。ただそこに居たのは散々ラブライブ!をバカにしていたはずなのに目を腫らし、涙を零しながら2期の最終回を迎える無力な一人の男だった。

 

アニメで泣いたのは小学生のときにバスの中で見たドラえもん以来、2度目だった。それから数年経ち、何かに感動して泣くなんてもう死ぬまで有り得ないのだろうと思っていた僕にとって、それはまさに歴史が動いた衝撃の瞬間だった。プレイステーションならトロフィー贈呈レベルである。

 

 

 

 

しかしそんなラブライブ!も残念ながら終わりがやって来る。三年生の卒業に伴いμ'sは名前を残さずに解散する道を選んだ。それはつまり「第3期制作決定!」などと高らかにテロップが表示されることは絶対にあり得ないということを表していた。

 

「クッ、俺に……俺にもっと力があれば……。永遠に最終回なんてやって来させないと言うのに……。」

 

打ちひしがれる僕にhulu神は耳元でそっと静かに囁いた。

 

「続編もあるけど?」

 

最初の方で名前だけ紹介したラブライブ!サンシャイン!!という作品が一応のラブライブ!の続編に当たるのだが、この時点で面倒くさいタイプのオタクの素質を顕現させていた僕は

 

「はぁ?続編って言っても世界観を共有してるだけでキャラクターも舞台も全部一新されてるじゃん。俺が見たいのはラブライブ!であってμ'sであって、違うキャラがメインならそれはもう続編でもなんでもねーんだよ!」

 

という具合にあまり気乗りはしていなかった。なぜならラブライブ!サンシャイン!!があの大傑作かつ超名作の無印ラブライブ!を越えられるとは到底思えなかったからである。

 

「しょうがねぇ、まぁ1話くらい見てやるか」

 

「なんか似てるキャラ居て覚えづらいな〜」

 

「うわ〜、静岡とか田舎くせーな」

 

中二病とか方言とか、出落ちのキャラ設定じゃねーの?」

 

「ハハハ、こりゃダメかな……」

 

 

 

 

 

 

 

そして気付いたら僕は2期の最新話まで一気に見ていた。

 

これはこれで全然アリだった。大アリだった。女王アリ。キメラアント。

 

賛否が分かれるところではあるが、むしろ脚本は無印ラブライブ!より良くできていると個人的には感じた。「無印ではこう来たからサンシャイン!!でもこう来るだろう」というファンの思い込みを裏切る痛烈なカウンター的展開は続編だからこそ出来る演出だろう。

 

 

そんなこんなで僕は軽率な気持ちで「ラブライブ」という底なし沼に片足を突っ込み引き摺り込まれてしまったのだが、こうやってややブームから離れたものでも自分の心が惹きつけられるということは往々にしてある。流行の波に乗るのは結構だが波に呑まれていては仕方がない。多種多様なコンテンツが矢継ぎ早に入れ替わり立ち代わりを繰り返している現代のサブカル界。くれぐれも温故知新の精神を忘れてはいけない。なんか孔子的な人も言ってたし。

 

それにしても自分がまさかラブライブ!にハマるなんて思ってみなかった。最後はそんなあらゆる物事の奥深さ言い表したニーチェのこの名言で締めたいと思う。

 

 

 

 

 

 

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ラブライブさいこ〜」

フリードリヒ・ニーチェ (1844〜1900)

 

イヌ派?ネコ派?を考える

 

「イヌ派?ネコ派?」

 

という質問は実に無意味だ。モンスターボールの揺れに合わせてAボタンを押すことと同じくらい意味がない。

 

まず選択肢がイヌ派とネコ派な2択しかない時点でこの質問は破綻している。みなさんご存知の通り、世の中には多種多様な人種が存在する。ウサギ派、ゾウ派、トカゲ派、そもそも動物が嫌いetc……。当たり前の話をするが、これら全ての趣向は尊重されて然るべしだ。しかしこの質問、前提からそのマイノリティー的な部分には一切触れてないのである。さもこの世にはイヌ派とネコ派の2種類の人間しか居ないかのような口ぶりだ。

 

そしてこの質問を投げかけられた少数民族たちはよっぽどの動物嫌いでない限り、周囲からの「空気が読めねぇ奴」「質問の内容がわからん馬鹿」認定を避けるために自分を押し殺しイヌかネコ、どちらかの畜生の名前を答える羽目になる。つまりこの質問を投げかけるという行為は、強大な力と勢力を持った宗教が、植民地に原住していた少数派の教徒たちに対して改宗を強いるということに等しい。(「山派?海派?」も左に同じ)

 

こんな旧い考えに基づいた質問がまかり通っている現状こそが恐ろしい。少数派に対する差別が今何かと問題になっているがこういう日常的に何気なく交わされる質問こそが、そういう差別的な価値観を助長しているという見方もできるだろう。

 

 

 

とまぁこんな具合に屁理屈をさんざ捏ね回した挙句なぜか宗教や差別の話にすり替えインテリ感を演出しようとしてみたが、あとから冷静になって見たらめちゃくちゃなこと書いてんなコイツ。「差別的な価値観を助長」って何?こっわ。

 

そこに意味があろうがなかろうが人って慣性で生き続ける動物なのでこんなこと言ったって、それこそ無意味なのだ。未だにモンスターボールの揺れに合わせてAボタンを押す僕が何を言ったって無意味。同級生の中でも少しませていたアイツはネットから引っ張ってきた情報を武器に「それ、効果ないよ」と指摘してきた。そういう問題じゃない、と思いながら当時の僕はひたすらにモンスターボールの揺れるタイミングを見計らっていた。あれから数年経って僕は今、アイツに成り代わっている。無意味であることを皆が承知の上とも知らず、わざわざ嫌味たらしく指摘する無知で傲慢な愚か者に。長かった少年時代が、終わりを告げた気がした。

 

それでは。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちなみに僕は根っからのネコ派です!!

ネコ派の人、オフパコしませんか??

興味がある方はこちらのメールアドレスまで👇

小学生Youtuber観察日記

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小学生の将来なりたい職業ランキングの上位にYoutuberが食い込んでいるらしい。あんなギャンブラーじみた職業に、輝かしい未来ある子どもたちが憧れているなんて世も末だ。各国が核兵器の代わりに超巨大なメントスコーラを撃ち合い世界が戦火に包まれる日もそう遠くないだろう。

 

小学生ってのは実に行動力に溢れた、ニホンザルチンパンジーを足して2で割ったような存在で、「将来声優になりたい」とか言って特にこれと言った努力もしない高校生なんかよりよっぽど行動力を兼ね備えている。そんな彼らが憧れのYoutuberたちに触発されてじっとしていられるだろうか。

 

そんなわけがない。

 

彼らの有り余る衝動の行き先、そりゃもう

Youtubeに動画を投稿する」

これしかないっしょ。

 

案の定性格がクソほど捻れてる僕は、暇なときたまに小学生YouTuberたちの動画を見る。数年後きっと黒歴史になっているであろう彼らの動画を見ながら僕はほくそ笑んで頬張ったポテトチップスを流し込む。

 

高度な編集技術や芸人顔負けのトークスキルを持つYoutuberたちがゴロゴロ居る中で、なぜわざわざ彼らのようなクソガキの動画を見るのか。

 

それは彼らの動画に「文脈」がないからだ。

 

 

『今日はこのペットボトルの中にピンポン球を入れたいと思います』

 

〜準備中〜

 

『ということで、積み木の棒を持ってきました!

 

 

!?!?!?

 

 

まだ青二才だった頃の当時の僕はこの突飛すぎる展開に「準備時間の間にパラレルワールドにトリップした??」と錯覚してしまったが、こんなのは日常茶飯事だと後から嫌というほど思い知ることになる。むしろこの荒唐無稽な構成こそが彼らの動画の魅力なのだ。

 

初めて彼らの動画を見たときに、違和感と同時に強い既視感を僕は覚えた。その正体、今ならわかる気がする。

 

そう、

年末年始のネタ見せ番組で大御所芸人がブッ込んでくるよくわからないネタだ。

 

文脈がないということはつまり常識に囚われていないということ。笑いを極めた達人と洗練されていない小学生が同じことをしている。この事実こそが「笑い」の真理なのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

とかなんとかそれらしいこと言ったけど、実際のところただただ無駄な時間が流れるだけなので視聴はオススメしない。